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令和2年9月16日 最高裁決定(無罪維持)

主文

本件上告を棄却する。

理由

 検察官の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,いずれも事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお,所論に鑑み,職権で判断する。

  本件は,医師でない被告人が,業として,平成26年7月から平成27年3月までの間,大阪府吹田市内のタトゥーショップで,4回にわたり,3名に対し,針を取り付けた施術用具を用いて皮膚に色素を注入する医行為を行い,もって医業をなしたとして,医師法17条違反に問われた事案である。
医師法17条にいう「医業」とは,医行為を業として行うことであると解されるところ,本件では,被告人の行為の医行為該当性が争点となっている。
 第1審判決は,医行為とは,医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為をいうと解した上で,被告人の行為は,医師が行うのでなければ皮膚障害等を生ずるおそれがあるから医行為に当たる旨判示して,被告人を罰金15万円に処した。
 被告人が控訴し,医師法17条の解釈適用の誤りを主張したところ,原判決は,医行為とは,医療及び保健指導に属する行為の中で,医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為をいうと解した上で,被告人の行為は,医師が行うのでなければ皮膚障害等を生ずるおそれはあるが,医療及び保健指導に属する行為ではないから,医行為に当たらない旨判示して,刑訴法397条1項,380条により第1審判決を破棄し,無罪を言い渡した。


2  所論は,医療及び保健指導に属する行為か否かを問わず,医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為であれば,医行為に当たると解すべきであり,被告人の行為は医行為に当たるから,原判決には判決に影響を及ぼすべき法令の違反があり,これを破棄しなければ著しく正義に反する旨主張する。


 そこで検討すると,上記原判断は正当なものとして是認することができる。
 その理由は,次のとおりである。
(1)  医師法は,医療及び保健指導を医師の職分として定め,医師がこの職分を果たすことにより,公衆衛生の向上及び増進に寄与し,もって国民の健康な生活を確保することを目的とし(1条),この目的を達成するため,医師国家試験や免許制度等を設けて,高度の医学的知識及び技能を具有した医師により医療及び保健指導が実施されることを担保する(2条,6条,9条等)とともに,無資格者による医業を禁止している(17条)。
 このような医師法の各規定に鑑みると,同法17条は,医師の職分である医療及び保健指導を,医師ではない無資格者が行うことによって生ずる保健衛生上の危険を防止しようとする規定であると解される。
 したがって,医行為とは,医療及び保健指導に属する行為のうち,医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為をいうと解するのが相当である。
(2)  ある行為が医行為に当たるか否かを判断する際には,当該行為の方法や作用を検討する必要があるが,方法や作用が同じ行為でも,その目的,行為者と相手方との関係,当該行為が行われる際の具体的な状況等によって,医療及び保健指導に属する行為か否かや,保健衛生上危害を生ずるおそれがあるか否かが異なり得る。また,医師法17条は,医師に医行為を独占させるという方法によって保健衛生上の危険を防止しようとする規定であるから,医師が独占して行うことの可否や当否等を判断するため,当該行為の実情や社会における受け止め方等をも考慮する必要がある。
 そうすると,ある行為が医行為に当たるか否かについては,当該行為の方法や作用のみならず,その目的,行為者と相手方との関係,当該行為が行われる際の具体的な状況,実情や社会における受け止め方等をも考慮した上で,社会通念に照らして判断するのが相当である。
(3)  以上に基づき本件について検討すると,被告人の行為は,彫り師である被告人が相手方の依頼に基づいて行ったタトゥー施術行為であるところ,タトゥー施術行為は,装飾的ないし象徴的な要素や美術的な意義がある社会的な風俗として受け止められてきたものであって,医療及び保健指導に属する行為とは考えられてこなかったものである。また,タトゥー施術行為は,医学とは異質の美術等に関する知識及び技能を要する行為であって,医師免許取得過程等でこれらの知識及び技能を習得することは予定されておらず,歴史的にも,長年にわたり医師免許を有しない彫り師が行ってきた実情があり,医師が独占して行う事態は想定し難い。このような事情の下では,被告人の行為は,社会通念に照らして,医療及び保健指導に属する行為であるとは認め難く,医行為には当たらないというべきである。タトゥー施術行為に伴う保健衛生上の危険については,医師に独占的に行わせること以外の方法により防止するほかない。
 したがって,被告人の行為は医行為に当たらないとした原判断は正当である。
  よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官草野耕一の補足意見がある。


裁判官草野耕一の補足意見は,次のとおりである。
 医師法17条の解釈に関する法廷意見の結論を換言すれば,医業とは「医療及び保健指導に属する行為」であって,かつ,「医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為(以下「保健衛生上危険な行為」という。)」を業として行うことである。法廷意見は医師法の制度趣旨をしんしゃくすることによってこの結論を導き出したのであるが,「保健衛生上危険な行為」を業として行うことだけで医業たり得ると解する者がいることも事実である(以下,そのような解釈を「医療関連性を要件としない解釈」という。)。

 しかしながら,本件で訴追の対象とされているタトゥー施術行為に対して医療関連性を要件としない解釈を適用すると妥当とはいい難い帰結が生じてしまう。以下,この点をつまびらかとし,もって法廷意見を支える補足理由としたい。
 タトゥー施術行為は保健衛生上危険な行為であり,したがって医療関連性を要件としない解釈をとった場合,医師でない者がタトゥー施術行為を業として行うことは原則として医師法上の禁止行為となる。しかるに法廷意見で述べたとおり,医師免許取得過程等でタトゥー施術行為に必要とされる知識及び技能を習得することは予定されておらず,タトゥー施術行為の歴史に照らして考えてもタトゥー施術行為を業として行う医師が近い将来において輩出されるとは考え難い。

 したがって,医療関連性を要件としない解釈をとれば,我が国においてタトゥー施術行為を業として行う者は消失する可能性が高い。しかしながら,タトゥーを身体に施すことは古来我が国の習俗として行われてきたことである。もとよりこれを反道徳的な自傷行為と考える者もおり,同時に,一部の反社会的勢力が自らの存在を誇示するための手段としてタトゥーを利用してきたことも事実である。しかしながら,他方において,タトゥーに美術的価値や一定の信条ないし情念を象徴する意義を認める者もおり,さらに,昨今では,海外のスポーツ選手等の中にタトゥーを好む者がいることなどに触発されて新たにタトゥーの施術を求める者も少なくない。

 このような状況を踏まえて考えると,公共的空間においてタトゥーを露出することの可否について議論を深めるべき余地はあるとしても,タトゥーの施術に対する需要そのものを否定すべき理由はない。以上の点に鑑みれば,医療関連性を要件としない解釈はタトゥー施術行為に対する需要が満たされることのない社会を強制的に作出しもって国民が享受し得る福利の最大化を妨げるものであるといわざるを得ない。

 タトゥー施術行為に伴う保健衛生上の危険を防止するため合理的な法規制を加えることが相当であるとするならば,新たな立法によってこれを行うべきである。 

 最後に,タトゥー施術行為は,被施術者の身体を傷つける行為であるから,施術の内容や方法等によっては傷害罪が成立し得る。本決定の意義に関して誤解が生じることを慮りこの点を付言する次第である。

令和2年9月16日

最高裁判所第二小法廷

裁判長裁判官  草野耕一

裁判官  菅野博之

裁判官  岡村和美

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